川上未映子が語る「自作が見向きもされなくなることの正当性」 (2/4ページ)
――「職業倫理」ではないですけど、小説家として絶対やらないと決めていることはありますか?
川上:そういうのが、あまりなんですよね。意味もなく嫌で使いたくない言葉があるくらいです。「スマホ」という言葉は自分ではあまり使いたくなくて、「スマートフォン」と書く、とか。
あとは「私」はひらいて「わたし」にすることがあったりとか。そんなレベルのこだわりだったらいくつかありますけど、職業倫理と呼べるようなものはないです。自分に限っては小説家なんて無責任なものだと思っています。ろくでもない商売だっていうことはよくわかっています。
――ろくでもない商売、ですか?
川上:ろくでもない、は言いすぎかな(笑)。でもどうだろう。似たようなことを思いますよ。オアシス(イギリスのロックバンド)の「Don’t look back in anger」の二番に「Please don't put your life in the hands/Of a Rock’n Roll band/Who'll throw it all away(ロックンロールバンドの連中に君の人生を任せないでくれ すべて投げ出すような奴らなんだから:編集部訳)」ってありますよね。十代の終わりにここを聴いて、ノエルは露悪的に言ってるんじゃなくて、ほんとにそういう、恥とあきらめで歌っているんだなって思いました。どこかでやっぱり机にむかって書く文章で生計をたてている自分を恥じる気持ちはあります。書くのがつらいと言ったって、わたしにかんしては知れています。もちろんこういうのはぜんぶ、わたしのナルシシズムにすぎないんですけど。
――小説でお金を稼いでいることへの後ろめたさのようなものですか?
川上:文章を書く仕事についたことをまちがいだったとは思っていないし、全力で書いていますが、なんていうのか、自分が健康だったこととか、作品を読んでもらえるようになったこととか、そういうことすべて罪悪感はあります。日本に生きてることにもあります。だって、ぜんぶ運ですから。