あがれる「松下村塾」を萩市中⼼部に完全再現 〜吉⽥松陰先⽣ ⽣誕の地・萩に「交友館」を開館。松陰先⽣の銅像も正式公開〜 (2/5ページ)
⼩舎を改修し塾舎の体を成して以来165年間の⾵雪に耐え、国史跡指定・世界遺産登録を経て当時の姿そのままに⼤切に守られてきた。
そのため柵が設けてあり、現在は講義室には特別な機会を除き⽴ち⼊ることはできない。
当施設のコンセプトは、多くの⼈を招き⼊れた原初の姿さながらの「柵のない上がれる松下村塾」。開館後は、⼀般公開するとともに各種イベントや特別講義などでの活⽤が予定されている。
模築では安政4年(1857)塾舎原初の姿8畳1室を再現した(松下村塾は後の改修で18畳に拡張)。明治以降、松下村塾の模築例は全国各地で他に6例ほどあるが、当施設は最先端のIT技術を駆使した学習塾「松陰塾」と⾏き来できる扉(タイムスリップドア)や、観光PRのためライトアップ機能を設けた。全国初のユニークな仕掛けも話題を呼びそうだ。
模築にあたり、松陰神社のご厚意で精緻に実測された図⾯を⼿掛かりにできたのが完全再現たる所以である。地元萩に誇れる仕事を残そうと奮闘した協和建設⼯業の匠たちの⼿で講義室は完成した。なお、塾⽣⼼得を標した床の間に掲げる⽵の聯(れん)は、現在の松下村塾の聯を⼿掛けた鈴⽊義蔵⽒に快諾いただき製作された貴重な品を納めることができたのも特筆しておきたい。
■補⾜資料:萩観光に新感覚の銅像を。イケメンの若き吉⽥松陰先⽣像(銅像)
銅像は⽴像で全⾼は約1.8メートル。テーマである吉⽥松陰先⽣が著した⼠規七則を要約した3つの⾔葉「⽴志」「択交」「読書」のメッセージを込めた。
従来の吉⽥松陰像と異なり、古き慣習に抗う若き指導者の姿にこだわった。志を⽴て、恐れることなく時代の⾵上に⽴ち、書物を⼿に友らと常に学び続け、未来を⾒つめ⾏動し続けて変⾰の世代にバトンを渡した。満29歳で早世するまで時代を駆け抜けた若々しい⻘年の姿を表現した。
原型制作はJR岐⾩駅前の「⻩⾦の信⻑像」など約1千体超の彫像を⼿掛けてきた彫刻家、⽥畑功⽒(⽇展会員・審査員)。鋳造・仕上げには400年の伝統を誇る富⼭県の⾼岡銅器の匠の⼯芸技が込められている。
題字は松陰先⽣崇敬の中⼼地、松陰神社の名誉宮司上⽥俊成⽒に揮毫いただいた。