【鎌倉殿の13人】佳久創が熱演する武蔵坊弁慶、史実の登場シーンはたった2か所だけ!? (3/4ページ)

Japaaan

ここで義経に従ったのは源有綱・堀景光・弁慶そして静御前(しずかごぜん)という名の愛妾のみ。5人は天王寺に一泊し、そのまま行方をくらましたのでした。

この日、頼朝の圧力に屈した後白河法皇は行家と義経を捕らえるよう院宣を全国へ発したということです。

……弁慶の登場は、この2か所のみとなります。

義経と静の別れを見守る弁慶。月岡芳年「芳野静判官別離図」

どのような最期を迎えたのかはもちろんのこと、天王寺から行方をくらました義経一行につき従ったのか否かさえ明らかではありません。

そもそも弁慶が何者で、いつどのように義経と出会い、仕えるようになったのかも不明です。

前後に何の記述もないため、極端な話し「義経が都落ちの際にたまたまいたのでカウントされ、天王寺を出てすぐ愛想を尽かして逃げ出した」可能性さえあります。

それがどうして、今日知られるような豪傑として『義経記』などに描かれたのでしょうか。

権力者への反抗心ゆえ?義経を守ろうとした悪僧たち

どうやら義経が奥州へ落ち延びる道中、まだ京の周辺に潜伏していた頃に比叡山の悪僧(荒法師、僧兵)らが匿っていたと言います。

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