呪術を駆使して疫病退散!古代日本人を苦しめた、現代にも通じる恐るべき感染症との戦い (2/4ページ)

Japaaan

赤羽八幡神社 疱瘡神社

天然痘がいつどこから日本にやってきたのか確かな記述は見つかっていませんが、奈良時代に唐や渤海、新羅などの大陸との交流が始まり、その時派遣した使節団が日本に帰国した際に持ち込まれたという説が有力とされています。

なぜこの説が有力かというと、このころに天然痘の大流行が起こったことが記録に残っているからです。

天然痘の対策としては、第一に、原因である天然痘ウイルスを体に入れないことと予防のワクチンが非常に効果的ですが、当時は感染予防の概念は確立しておらず、またワクチンも発見されていませんでした。では、奈良時代の人々はどのようにしてこの天然痘に立ち向かったのでしょうか。

当時、すでに医療の分野として内科や外科、耳鼻科、鍼灸、按摩などがありました。現代と違うのは、これに加えて呪術、つまりまじないが医療の一つとして成立していたことです。

呪術を駆使して疫病に対処

奈良時代に都がおかれていた平城京の遺跡からは、「南山のふもとに、流れざる川あり。その中に一匹の大蛇あり。九つの頭を持ち、尾は一つ。唐鬼以外は食べない。朝に三千、暮れに八百。急急如律令。」という内容が記された木簡が出土しています。

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