呪術を駆使して疫病退散!古代日本人を苦しめた、現代にも通じる恐るべき感染症との戦い (3/4ページ)

Japaaan

平城京跡

これは呪符のようなものだったと考えられています。

唐代の医学書『千金翼方』にも似たような呪符に関する記述があるので、おそらくこうした呪術の「技術」が中国から輸入されていたのでしょう。

つまり当時の人々にとっては、これはただのまじないではなく医療のひとつだったと思われます。

ほかにも、病気は神仏のたたりであり、疫病は政治が間違っているせいで起きるのだと信じられていたことから、疫病の流行のたびに大規模な祈祷が行われました。

こうした疫病を鎮めるための祈祷や儀式はのちに形を変え、現代の節分の豆まきや、ひな祭りの行事として残っています。

今にも通じる人々の工夫

天然痘の大流行によって、時の権力者であった藤原武智麻呂、房前、宇合、麻呂の四兄弟が命を落とした際には、都の政治はたいへんな混乱に陥りました。

同じ時期に地震や飢饉が相次いで起こったこともあり、聖武天皇は社会の不安を取り除くべく東大寺盧舎那仏の造立に取り掛かったといわれています。

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