【真説 鎌倉殿の13人】上総介広常をもっと知りたい!本名・兵力・誅殺の理由など真相に迫る【その1】 (4/6ページ)
その証拠として、上総介がいたからこそ石橋山で負けた頼朝は安房に上陸し、安心して上総を経由して下総に入れたのです。そして広常もその間に清盛側の上総国司など平氏側勢力を一掃し、頼朝軍に加わったのです。
源頼朝。上総介は源義朝との深い絆から頼朝に味方した。(写真:Wikipedia)
落ち武者同様の頼朝を助けた上総介 上総介広常の動員兵力は13,000人だった
上総介の城館があったとされる布施の殿台。(写真:Wikipedia)
1180(治承4)年9月19日、再起を図るため隅田川辺に布陣する頼朝のもとに、上総介広常が着陣します。この時に上総介が率いていた兵力は『吾妻鑑』によると2万騎・『延慶本平家物語』では1万騎・『源平闘諍録』では1千騎とあります。