「妊娠してる」と嘘までついて結婚。歌人・石川啄木を献身的に支えた妻 節子のエピソード (2/2ページ)
こんな相思相愛の状態の二人。啄木は中学校を退学している(カンニングが理由といわれています)ため、節子の両親は結婚に反対します。
しかし、そんな反対を押し切って節子は啄木と結婚します。なんと、啄木と結婚するために、父親に「啄木との子を妊娠している」と嘘までついたとか。
結婚式はなんと啄木不在!なんとか結婚が成立した啄木と節子ですが、結婚式でトラブルが起こります。
そのとき啄木は「詩集を出版したい」と東京に行っていたのですが、結婚式の行われる盛岡に戻る途中、「友人に会いに行く」と言って突如仙台で途中下車。結婚式には間に合わず、挙式は啄木不在で執り行われました。
献身的な愛で啄木を支えた節子結婚式のエピソードに加え、浪費癖もあった啄木。そんな彼との結婚を節子の周辺は非常に心配しました。それでも節子は啄木を愛し、献身的に支えました。
啄木の素質も、節子の愛によってさらに輝きを増したといわれています。しかし、病魔が啄木を襲います。
1911年(明治44年)に啄木は肺結核になり、翌年に亡くなりました。1913年(大正2年)に、啄木のあとを追うように節子も結核でこの世を去りました。
いかがでしたか?この記事が、みなさんが少しでも歴史に興味を持つきっかけになれば嬉しいです。
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