源頼朝?足利直義?”あの武人像”が頼朝公だと言える根拠がコチラ【鎌倉殿の13人】 (2/5ページ)
徳川家康(とくがわ いえやす)が自らを戒めるためにあえてカッコ悪い姿を描かせた「しかみ像」のような例外はあるものの、基本的にはその人を顕彰するため、最高の状態を描くのが基本です。
頼朝や直義の最高な状態……それを客観的に示す基準として、極官(ごくかん)が挙げられるでしょう。極官とは、その人が生涯で就いた最高官職を言います。
頼朝はもちろん征夷大将軍……と言いたいところですが、征夷大将軍はあくまでも国家の大事に際して臨時で任命される官職なので、常設官職では右近衛大将(うこのゑのたいしょう)が極官です。
対する直義は左兵衛督(さひょうゑのかみ)が極官……この両者の「右」と「左」が肖像画論争の決め手になります。