源頼朝?足利直義?”あの武人像”が頼朝公だと言える根拠がコチラ【鎌倉殿の13人】 (3/5ページ)

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「左兵衛督」足利直義。歌川国芳筆

この「右」とか「左」とは何なのか……ごくざっくり言えば、天皇陛下から見て右手側に控えるか、左手側に控えるかの違いです。

古来「君主南面す」と言うように、日本国の君主である天皇陛下は基本として北に座られて南を向かれます。

※平安京の西側を右京・東側を左京と呼んだのと同じです。

仮に頼朝と直義が天皇陛下の左右に控える様子を肖像画に描く時、頼朝は右(東)を向き、直義は左(西)を向きます。

※頼朝も直義も、実際に天皇陛下のおそばへ控えたことはなかったでしょうが、あくまで官職の建前的な話です。

しかし、なぜ肖像画の主が天皇陛下のおそばに控えていると判るのか……貴族の正装である束帯(そくたい※)をまとっていることから、高貴な場所にいることは明らか。

(※)よく衣冠束帯(いかんそくたい)とセットにして言いますが、衣冠は夜(宿直)の正装、束帯は昼の正装となります。

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