高速なのに遅かった!?日本史上最速の駆逐艦「島風」の誕生とその運命 (3/4ページ)
こうして造られた島風は燃費も良く、吹雪型の航続距離が14ノットで5,000海里(9260km)だったのに対し、島風は18ノットで6000海里(1万1110km)と、「速くて低燃費」という高性能ぶりでした。
そんな島風には、敵戦艦に見つからないように高速で迂回接近し、遠距離から秘密兵器「酸素魚雷」を一斉に発射する奇襲戦法が期待されます。
しかし当初16機が建造される予定だった島風は、実際には1943年5月に竣工した1機のみとなってしまいます。
なぜそんなことになったのか、理由は2つ。まず1つは、駆逐艦は巡洋艦とは違って敵の距離や位置を正確に測る高性能測距機や射撃管制能力を持つことができず、遠距離雷撃の効果が薄かったためです。
2つ目は、戦いが海上戦から空中戦の時代に変わったためです。
島風は、結局本来の遠距離魚雷で力を発揮することができず、任務と言えば艦隊や輸送船団護衛がほとんどでした。
そして1944年11月11日、島風はレイテ島北西部のオルモック湾でアメリカ軍の空襲を受け撃沈されました。竣工からわずか1年6か月後のことでした。