まさかあの大人気武将も!?なんと江戸市民の50%が罹った性病「梅毒」が怖すぎる (2/2ページ)
感染後10年以上経つと第4期で、多くの臓器に腫瘍が発生したり、脳、脊髄、神経を侵されて麻痺性痴呆、脊髄瘻を起こし死に至ります。
現在は3、4期は稀ですが、日本の江戸時代の遺跡からは梅毒の第3期以降であろう人骨が多く出土しています。
あの人気武将も戦国時代から江戸時代初期の著名人では、加藤清正、結城秀康、前田利長、浅野幸長などが梅毒で死亡したとされます。
この病が性感染症であることは古くから経験的に知られ、徳川家康は遊女に接することを避けていました。
ちなみに江戸の庶民の骨を調べると全体の50%が梅毒だったと推測されています。
再拡大の今、梅毒を防ぐには日本では江戸時代末期、長崎の稲佐の地に丸山町と寄合町の遊女が出張して、ロシア人の船員達の相手を務めることになった万延元年(1860年)、日本初の梅毒検査が長崎で実施されました。
ペニシリンなどの抗生物質が発見された現在では早期に治療すれば全快する病となりました。
現代においてもこうした感染症予防には定期的な検査と避妊具の着用などを徹底する事が大きな効果をもたらします。
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