どこまでも鬼畜!実は赤子ともども静御前まで殺そうとしていた源頼朝&梶原景時【鎌倉殿の13人】 (3/5ページ)
男児ならば迷わず殺し、女児ならば奴隷として召し使ってやりましょう(意訳)」
梶原景時。とことん義経を妬み憎む悪役として描かれる。楊洲周延筆
【原文】……敵の子を妊じて候女をば、頭を砕き骨を拉ぎ、髄を抜かるる程の罪科にて候なれば……(中略)……若君にて渡らせ給ひ候はば、君の御計らひにて候べし。姫君にて候はば、御前に参らせさせ給ふべし……
※『義経記』巻第六「静鎌倉へ下る事」より
いったい何がそこまで憎いのでしょうか。ただ殺すだけでは飽き足らず、脳天をカチ割って全身の骨をすりつぶし、骨髄(髄液)まで抜き取って……と徹底しています。
二度と甦るな!とばかりの鬼気迫る勢いは、日ごろ義経のことをよほど妬み嫌っていたためでしょう。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、義経の軍略をこよなく愛し理解する名将として描かれている景時。しかし従来の物語作品では、多くの場合「義経に嫉妬して陥れる奸佞な人物」として描かれてきました。
それじゃあ早速連れてこい、ということで、御家人の堀藤次親家(ほり とうじちかいえ)が迎えに行きます。
あら恐し、それ聞け景時……「……そなたが静か。九郎の子を宿しておると聞いたが?」
果たして鎌倉へと連行された静御前は、頼朝に訊問されました。静御前はそうだと答えると、頼朝は景時に言います。