交霊会やハイズビル事件など物理的な心霊現象の歴史と当時の背景 (2/4ページ)
その熱量はヨーロッパにまで波及し英独仏と各国で心霊ブームが沸き起こった。テーブルターニング、ウィジャ盤などの簡易的な交霊道具が流行し、日本ではこっくりさんとして伝わることになる。
■日本の物理的心霊ブーム
日本の物理的霊媒の中でも代表的な存在が亀井三郎(1902〜1968)である。亀井は日本の心霊研究の立役者、浅野和三郎(1874〜1937)に認められ、二人は全国各地で交霊会を行った。日本では明治末期から昭和初期にかけて一大心霊ムーブメントといえる潮流が起こった。中でも福来友吉(1869〜1952)らによる念写実験を巡る一連の「千里眼事件」は、映画「リング」の元となる騒動でもあることで知られる。浅野は財団法人日本心霊科学協会の前身である心霊科学研究会の創始者で、福来と並ぶ日本における心霊研究の一方の雄といえた。
交霊会の様子は、暗い部屋で椅子に座った亀井を縄で身動きが取れないように緊縛する。するといわゆるラップ音が鳴り響き、 目覚まし時計や赤ん坊用のガラガラが動き出す。とにかく室内のあらゆる小物が動き音を出す。童話の世界のような光景に、列席した人たちは恐れるどころか拍手喝采だったという。彼らが心霊現象だと信じていたのか、手品か何かのつもりで見ていたのかはわからない。
交霊会のクライマックスはエクトプラズムによる霊魂の出現である。エクトプラズムとは人間の生命エネルギーの物質化とされる白い煙のような物体で、亀井は列席者のエクトプラズムを利用するとした。彼を含んだ数人が輪を作り、亀井曰く、自分に結集されたエクトプラズムが出現。エクトプラズムは4つに分かれ、ガラガラを持ち振り騒いだ。さらに亀井の守護霊が家全体を揺らし列席者を驚嘆させたともいう。
亀井以降もこの時代は、物理霊媒が続々と現れては物理的心霊現象を披露した。物理霊媒・津田江山は、東大、東工大の教授、弁士・作家として著名な徳川夢声(1894〜1971)の立ち会いの下で、テーブルを浮かせ、尺八を鳴らし、人形を踊らせたという。明治末期から昭和初期とは、日本史の教科書には載っていないが物理霊媒の宴のような時代だった。
■それは霊の仕業だったのか
彼らは本物の霊能力者だったのだろうか。