江戸城を襲撃!天皇を脅迫!?軍学者・由井正雪による恐怖のテロ未遂事件「慶安の変」はなぜ起きたのか (3/4ページ)
塾へ集まってくる浪人たちを見て、これらの人達を救うために幕府を倒して世の中を変えるしかないと考えるようになっていたからです。
そんな中、慶安4(1651)年に武断政治を推進していた3代将軍徳川家光がこの世を去ります。
後を継いだ4代将軍の徳川家綱は幼少でまだ11歳。正雪はチャンスが来たと思ったのでしょう、ここで幕府転覆計画を立案し始めます。
粗雑な計画の失敗その計画とはこうです。まず、宝蔵院流の槍の達人・丸橋忠弥に江戸城を襲撃させ、火薬庫を爆破させて火事を起こして江戸の町を火の海にします。
その混乱を突いて将軍を拉致、そして京都では正雪が天皇を脅して幕府討伐の勅命を出させて、官軍となった軍勢で地方を制圧していくというものでした。