朝廷や幕府との関係を良好に保った奥州藤原氏最盛期の王「藤原秀衡」ってどんな人? (3/3ページ)

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ところで、実は秀衡はミイラとなって中尊寺金色堂にその姿が残っています。

中尊寺金色堂(Wikipediaより)

60歳~70歳代であったことや、身長は164㎝ほどで肥満体型であったこと、骨髄炎性脊椎炎によって命を落としたのではないかという死因についても詳しく判明しています。CGデータで顔の復元もされており、鼻は高く鼻筋が通っていたようです。

藤原秀衡は堅実な政治を行い奥州を発展させた一方で、彼がいなければ鎌倉幕府が開かれることはなかったかもしれないという、日本の歴史においても大変重要な人物でした。s

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