コインでしか知られていなかった失われた古代都市「ナトウニア」を山中で発見した可能性 (3/4ページ)

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 まずは、都市の年代。コインに刻まれている文字が、これが紀元前1世紀前半に鋳造されたらしいことを示していて、この遺跡の年代と時期がほぼ合っている。

 ナトウニサロケルタという地名に、王族ナトウニサールの名前が使われていると同時に、パルティア語で要塞や濠を意味する言葉も含まれていると、研究著者たちは主張する。

 「こうした描写は、ラバナ・メルクリにも当てはまるかもしれない」ブラウンは説明する。

 さらに、要塞の入り口にあるふたつの岩のレリーフは、儀式用の被りものをつけた、等身大の統治者の姿を描いている。

 この人物が誰なのかを示す碑文はないが、パルティア時代の支配者のほかのレリーフに非常によく似ていることから、ナトウニサール、あるいは直系の子孫を描いている可能性が高い。

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要塞の入り口に彫られた壁のレリーフは、この都市の創始者であるナトウニサール、あるいは直系の子孫を描いている可能性がある。A) 水銀の岩レリーフ。B) ラバナの岩レリーフ。C) ハトラ王 ʾtlw/アディアベネのアッタロス像 (M. ブラウンによるイラスト) / image credit:Rabana-Merquly Archaeological Project / Antiquity Publications Ltd

 遺跡がある場所もまた手がかりになりそうだ。

 この集落は、パルティアに従属する地方王朝の王が統治していたアディアベネの東の国境に位置している。

 ここが、王国のすぐ外にいる牧畜民族と交易するため(あるいは軍事的圧力をかけるため)、アディアベネ王朝の外側にのびる重要な外港になった可能性はある。
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