太田幸司、愛甲猛…「夏の甲子園」語り継がれるスーパーヒーローたちの「名勝負の裏側」 (1/2ページ)

日刊大衆

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 猛暑の続く夏。聖地・甲子園では今年も、球児たちが汗と泥にまみれている。

「注目は、センバツ優勝の絶対王者・大阪桐蔭を倒すのは、どこかという点。怪物級はいませんが、2018年の金足農のエース吉田輝星(現・日本ハム)のように、ヒーローが突然、生まれるのも甲子園の醍醐味です」(アマ野球ライター)

 そこで今回は、歴代の甲子園ヒーローたちが、球史に刻んだ名勝負と、その後の人生を、当事者たちの証言も交えながら、振り返っていきたい(文中敬称略)。

 甲子園が生んだ“元祖アイドル”といえば、1969年の夏、松山商との延長18回、決勝再試合で知られる青森・三沢のエース、太田幸司だろう。

「再試合の末に準優勝に終わりましたが、端正な顔だちから女性人気が沸騰。ドラフト1位で入団した近鉄でも、ほとんど1軍での実績がなかった1年目から、3年連続してファン投票でオールスターに選出されるなど、まさに国民的人気を誇りました」(前同)

 電車での移動時には、同僚たちがガード役でつき添うなど、常に異例の厳戒態勢が敷かれたという。

 そんな太田のプロ入り翌年である71年、作新学院で初登板初勝利を挙げたのが江川卓だ。甲子園デビューは3年春と遅かったが、その頃には“怪物”の噂が全国に知れ渡っており、センバツ初戦には、その姿を見ようと大観衆が詰めかけた。

「地元の強豪・北陽(現・関大北陽)を相手に、19奪三振の快投を見せつけた。有力校による“江川包囲網”と、打率2割台の貧打線がネックとなって、春夏ともに優勝はなりませんでしたが、73年の甲子園は、まさに江川一色でした」(在阪スポーツ紙デスク)

■江川にとって最後の夏、試合の結果は

 73年、江川にとって最後の夏。

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