伊達政宗が「独眼竜」になった原因の病とは?そして隻眼でない肖像画が多く残っている理由 (2/3ページ)
仙台藩の正史である『伊達治家記録』によると、政宗が天然痘に罹患したのは5歳頃。目に膿疱ができ、右の眼窩が盛り上がって、まるで目が飛び出ているような外見になってしまったと言われています。
かつて、日本だけでなく世界各地で猛威を奮っていた天然痘は、感染率も致死率も高いやっかいな感染症でした。1796年にワクチンが発見され現在は根絶に至っていますが、政宗が罹患したと思われる1570年頃には特効薬もありませんでした。
天然痘にかかると高熱や頭痛、吐き気などの症状が出ます。
中でも特徴的なのが膿疱です。膿が溜まったできものが全身にできてしまい、その膿疱ができた箇所から菌がまわったり、たとえ治癒しても跡が残ってしまうことが多かったようです。
政宗も命は助かったものの、この膿疱が目にできたことで失明しました。彼はもともと内気な性格でしたが、このことでますます内向的になったといいます。
しかしそんな政宗を、父の伊達輝宗は当主として熱心に教育します。その甲斐あって、成長した政宗は18歳という若さで家督を継ぐと数々の手柄を上げ、伊達家や奥州を大きく発展させました。
しかし片目の失明は長い間コンプレックスだったようで、自画像では両目を描くように指示していました。現代に残る政宗の自画像に両目が描かれているものが多いのは、こういった理由があったのです。