「墨田区業平」の由来はやっぱり歌人・在原業平?複数の由来説と伝承が産まれた経緯 (1/3ページ)
「業平塚」が由来?
東京スカイツリーの近くに「墨田区業平」という地名があります。この地名の由来についてはいくつかの説が存在し、その中にはずばり、平安時代の歌人・在原業平から来ているという説もあります。
在原業平は、京に上ろうとした際に船が壊れて転覆し、そのまま溺死したと言われています。
その死を悼み、人々は現在の墨田区吾妻橋に塚を建てて弔いました。この塚が「業平塚」で、同じ場所に南蔵院という寺も開かれています。このあたりに、「在原業平由来説」の根拠があるようです。
ちなみに業平塚は現存しません。南蔵院は関東大震災で被災し、葛飾区東水元に移転しています。
塚を作ったのは業平自身?ではこの伝承が本当なのかどうかですが、業平が墨田区のあたりで溺死したという言い伝えは、江戸時代の仮名草子である『江戸名所記』が元ネタです。