江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【後編】 (4/4ページ)

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石段と石垣に囲まれた「知恩院」

比叡山を下りた法然上人が、吉水庵を結び布教活動を始め、入寂したことで知られる寺院が「知恩院」です。

知恩院・三門(写真:高野晃彰)

「金戒光明寺」同様、徳川家康が庇護し、寺域を拡大し伽藍を造営しました。境内は、下段・中段・上段に区画され、石段と石垣に囲まれた要塞のような造りになっています。

同じ城郭寺院である「金戒光明寺」と比べると、見るものを威圧するような造りは、朝廷に対して、徳川家の威勢を誇示するという目的があったのではといわれています。

石段と石垣からなる知恩院(写真:高野晃彰)

以上、2回にわたり江戸幕府が京都に築いた城郭「二条城」と「金戒光明寺」「知恩院」についてお話ししました。

京都を訪れる際には、観光名所である「二条城」とともに、「金戒光明寺」「知恩院」にも足を運んで、江戸幕府が想定した京都防衛構想に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

2回にわたり、お読みいただきありがとうございました。

◎参考文献:京都ぶらり歴史探訪ガイド 今昔ウォーキング(メイツユニバーサルコンテンツ刊/京あゆみ研究会著/執筆・撮影・編集:高野晃彰)

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