江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【後編】 (1/4ページ)

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江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【後編】

2023年から放送が予定されているNHK大河ドラマ『どうする家康』は、新たな視点で徳川家康の人生を描く作品。

今回は、『どうする家康』の主人公・徳川家康が京都に構えた二条城と、実際に京都防衛を担った2つの城郭寺院「知恩院」と「金戒光明寺」について紹介します。

前編の記事

江戸時代の京都を守ったお城は二条城ではなく、2つの浄土宗寺院だったー2023年大河『どうする家康』こぼれ話【前編】

【後編】では、京都防衛を担った2つの浄土宗寺院「知恩院」「金戒光明寺」についてお話ししましょう。

金戒光明寺・御影堂(写真:高野晃彰)

京都防衛に重きをなした「知恩院」と「金戒光明寺」

徳川家康が京都に築いた二条城は政治を行うための御殿であり、実戦に対応するような城郭でないことを【前編】でお話ししました。

実際に江戸幕府の京都防衛を担ったのが、「金戒光明寺」と「知恩院」という2つの浄土宗寺院であったのです。

両寺院とも、戦国の争乱により伽藍を焼失しますが、浄土宗徒の徳川家康の庇護のもと、壮大な伽藍が建てられ復興を遂げます。

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