史上最も爆弾がおとされた国。ラオスには9年間で約2億7,000万個以上の爆弾が落とされていた (3/5ページ)
以降、長きにわたり泥沼化した戦いが終結して50年近く経った今でも、ラオスの農村にはいくつもの不発弾が見つかっている。
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激しい空爆を受けたこの国では、世界最大の不発弾の1つも見つかっており、悲惨な戦いを思い起こさせるモニュメントとして保管されている。・ラオスの内戦から代理戦争に。アメリカの空爆が激化
ただ壮絶な空爆の理由は他にもある。実はベトナム戦争中のラオスにおいても、ベトナム同様かねてからの内争が冷戦を反映する代理戦争が展開した。
1950年初頭から、共産主義組織パテート・ラーオとラオス王国政府の長期的な争いに悩まされていたラオスでは、ベトナム戦争の激化につれ、ソ連や北ベトナムがパテート・ラーオを援助し、南ベトナムを支援するアメリカがその勢力を妨害する事態になった。
後にラオス内戦(1953~1975年)と呼ばれるこの戦いでは、北ベトナムが後ろ盾となったパテート・ラーオの進軍に向けてゲリラが投じられ、訓練を受けて武装したモン族などの少数民族が足止めするなどの戦いが繰り広げられた。
その後も、ラオス国内でアメリカ軍によるパテート・ラーオ勢力への空爆が激しさを増したが、1971年に北ベトナム軍が王立軍に広範囲の攻撃を仕掛け無力化したことを機に戦いは終わり、王立政府の敗北となった。・当時は国民1人当たり1トンの爆弾。