女好きは兄譲り?三浦義村の弟・三浦平九郎胤義が起こした女性トラブル【鎌倉殿の13人】 (3/4ページ)

Japaaan

平穏を取り戻した鎌倉の夜(イメージ)

ともあれ、鎌倉の街に再び静寂がもどって来たのでした。

終わりに

そんな三浦胤義ですが、やがて勃発した承久の乱(承久3・1221年)では朝廷方の総大将として奮闘します。

「天朝様(朝廷)にお味方すれば、兄者を日本国総追捕使(≒鎌倉殿)にしてくれるってよ!朝敵になった北条なんか見捨てて、一緒に戦おうぜ。なっ!」

しかし義村はこれに応じず、盟友である義時に書状を差し出すことで二心なき旨を誓いました。兄と決別した胤義は、有名な政子(演:小池栄子)の演説においても名指しで批判されています。

書状を差し出す義村(中央で手をつく人物)。

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