武将・楠木正成はこうして「軍神」に!奇策が炸裂しまくりの千早城の戦い【後編】 (2/3ページ)
そして、夜が明けると兵たちに鬨の声を挙げさせ、「楠木軍が攻撃してきた」と思って攻めてきた幕府軍に対して、兵は矢を放ちつつ退却しました。
それを追う幕府軍ですが、藁人形に到達したあたりで崖の上から大量の巨石を投げ落とされます。
油と炎で防御結局、幕府軍は城に攻め込めません。そんな中、鎌倉にいる執権の北条高時から、早く城を攻め落とすようにとの命令が下り、再び千早城攻略に乗り出します。
北条高時像(北条相模守平高時肖像、宝戒寺安置・Wikipediaより)
ここで考えられたのが、味方の陣と敵城の間を遮る深い崖に長い梯子をかけ、敵の想定しない所から攻め入る作戦でした。
しかし、幕府軍が梯子をかけて攻め上ろうとすると、これも読んでいた楠木軍は水鉄砲に油を仕込んで放射し、さらに松明を投げつけて梯子を炎上させたのです。
幕府軍はすぐに退却できればよかったのですが、後続の兵たちが詰まっているためそれもできず、大混乱に陥りました。そして数千人の兵が、焼け落ちた梯子と共に崖下に落ちたといいます。
度重なる敗北で打つ手もなく、幕府軍は戦意を喪失し、城を遠巻きにしたまま動けなくなってしまいました。
幕府の滅亡そうこうしている間に、正成の読み通り倒幕運動が活発化します。