後鳥羽上皇の懐刀?星智也さんが演じる京武者・藤原秀康の生涯をたどる【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
三浦胤義を仲間に引き込む
藤原秀康は生年不詳、『尊卑分脈』によると父は藤原秀宗(ひでむね)、母は源光基女(みなもとの みつもとのむすめ)とのこと。
弟に歌人として活躍する藤原秀能(ひでよし)、承久の乱で共に戦う藤原秀澄(ひでずみ)がおり、秀康は北面の武士として後鳥羽上皇に仕えました。
やがて朝廷と鎌倉幕府の対立が深まると、秀康は当時京都大番役を務めていた三浦胤義を説得して味方に引き込みます。
胤義の妻は源頼家(演:金子大地)の未亡人で、前の夫を謀殺した北条氏に怨みを持っているとのこと。
「ならば、共に力を合わせて執権を討ちましょうぞ!」
さっそく意気投合した秀康と胤義は、後鳥羽上皇の意に背いた京都守護の伊賀光季(いが みつすえ。北条義時の義兄弟)を攻め滅ぼしたのでした。
「朝敵となった以上、北条に味方する者など千人もおりますまい。平六(三浦義村)殿も日本国惣追捕使=鎌倉殿にしてやると約束したから、すぐにも相州(義時)の首級を持って馳せ参じるだろう」
と、甘く見ていたのですが、意外にも坂東武者たちは結束。