源実朝の正室・千世(坊門姫、西八条禅尼)。加藤小夏が演じるその生涯【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)

Japaaan

鎌倉へ下向する坊門姫(イメージ)『故実叢書』より

13歳となった坊門姫は元久元年(1204年)11月3日に鎌倉へ出発しました。

……将軍ガ妻ニ可然人ノムスメアハセラルベシト云事出キテ。信清大納言院〔後鳥羽〕ノ御外舅。七條院〔殖子〕ノ御ヲトト也。ソレガムスメヲホカル中ニ。十三歳ナルヲイミジクシ立テ。関東ヨリ武士ドモムカエニマイラセテ下リケルハ元久元年十一月三日也……

※『愚管抄』第六巻より

【意訳】実朝の妻にしかるべき者の娘を娶(めあ)わせようということで、坊門信清の娘が大勢いる中から13歳の子を選び、関東から御家人たちに迎えられて下向した。元久元年11月3日のことである。

御台所ご一行は一ヶ月少しをかけてゆっくりと鎌倉へ到着。しかし鎌倉の様子が祝賀ムードであったか、また婚礼の具体的な様子などは『吾妻鏡』に記録がありません。

御臺所御下着云々。

※『吾妻鏡』元久元年(1204年)12月10日条

【意訳】御台所が(鎌倉へ)お着きなされたそうな。

その後も結婚自体を祝うような記述はなく(例年どおり正月などは祝っていますが)、いくら政略結婚とは言っても、ちょっと素っ気なさすぎる気はします。

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