なにげに?歴史を動かした男「新田義貞」鎌倉幕府を倒した隠れた功労者の足跡を追う (2/4ページ)
1333年頃、後醍醐天皇による討幕命令を受けた楠木正成が挙兵します。
鎌倉幕府はこれに対して討伐軍を結成し、義貞にもこの討伐軍に参加するよう命令がありました。
一度は討伐軍に参加していた義貞でしたが、途中で病気を理由に引き返します。実はこれは仮病で、後醍醐天皇側から書状を受け取っていたとみられています。
幕府軍を撃破そして幕府から軍費調達のために徴税使が義貞の元を訪れますが、重い徴税に耐えかねた義貞はなんとこの徴税使を斬り捨ててしまいました。
これが原因で、もともと少なかった領地はさらに没収されてしまい、義貞は討幕を決意して軍を挙兵します。
初めは150ほどの兵しかいなかった義貞軍ですが、反幕府に賛同した越後や甲斐から5千の兵が加わりました。これは各地で増えてゆき、最終的には20万もの軍勢になったといわれています。