俺たちの北条泰時、実は和田合戦の際に二日酔いだった件 『吾妻鏡』より【鎌倉殿の13人】 (2/4ページ)
2日の『明け方』に和田の軍勢が攻めてきた際、何とか鎧兜を身に着け馬には乗ったのですが、意識が朦朧として戦さどころではありませんでした……」
朝比奈義秀に御所の惣門をぶち破られ、何とか応戦しようと兵を鼓舞する泰時(ただし二日酔い)歌川国芳「和田合戦 義秀惣門押破」
ちなみに『吾妻鏡』によれば和田の軍勢が泰時らの守備する御所の惣門(正門)に迫ったのは酉刻(午後18:00ごろ)。前日に酒を呑んでいたにしても、そろそろ(むしろとっくに)二日酔いから醒めていてもバチは当たらない時間帯です。
……酉剋。賊徒遂圍幕府四面。摩旗飛箭。相摸修理亮泰時。同次郎朝時。上総三郎義氏等防戰盡兵略。而朝夷名三郎義秀敗惣門。乱入南庭。攻撃所籠之御家人等。剩縱火於御所。郭内室屋。不殘一宇燒亡……
※『吾妻鏡』建暦3年(1213年)5月2日条
要するに泰時はその日まるまる、ほとんど酔っ払って過ごしていたのでしょう。それだけ前夜に深酒をしたのか、あるいは翌朝に迎え酒でも食らったのか……。
「……あの朝比奈三郎(義秀。演:栄信)が門をぶち破って乱入してきた時は、もうダメかと思いました。『南無八幡大菩薩、今後はいっさい断酒いたしますから、どうかご加護を』私はそう誓ったのです」
しかし喉元過ぎれば何とやら、遮二無二戦って血路が開けると余裕が出てきて、気づけば喉が渇いていました。
「本当は、私も水を飲みたかったのです。