久しぶりの登場!しかしなぜ…丹後局・高階栄子(演:鈴木京香)とはどんな女性だった?【鎌倉殿の13人】 (3/4ページ)

Japaaan

高久靄厓「楊貴妃図」

寿永2年(1183年)に平家が安徳天皇(演:相澤智咲)を連れて都落ちしてしまったので、代わりの帝を立てようとした時、後鳥羽天皇(演:尾上凛→尾上松也)を推したのが栄子と言われます。

その後も出世した栄子は文治3年(1187年)に従三位、建久2年(1191年)に従二位まで昇りました。しかし建久3年(1192年)に後白河法皇が崩御すると彼女も出家。

しかし娘の宣陽門院と共になおも政治介入を続け、源頼朝(演:大泉洋)と連携する九条兼実を追い落とすべく、土御門通親(演:関智一)と組みました。

果たして兼実を失脚(建久七年の政変)せしめた栄子ですが、建仁2年(1202年)に相方の通親が薨去。加えて成長した後鳥羽上皇が院政を本格化すると、彼女らは政権から疎外されていきます。

かつて推した後鳥羽上皇によって引導を渡されてしまった栄子。さすが(彼の優秀さを見抜いた)慧眼と言うべきなのでしょうか。

やがて宮中を去った栄子は亡夫・平業房の遺領である浄土寺に移住。人々からは浄土寺二位(じょうどじのにい)などと呼ばれ、建保4年(1216年)に亡くなったのでした(諸説あり)。

終わりに

以上、丹後局こと高階栄子の生涯を駆け足でたどってきました。

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