軍事施設、政治の拠点、権力の象徴…日本の「城」の歴史を紐解く【前編】 (2/4ページ)

Japaaan

御所ヶ谷神籠石(福岡県行橋市・Wikipediaより)

こうした城の原型となった「囲い」は、まず堀を作り、余った土を盛り上げることによって造られていました。もともとの材料は土だったのです。だから「土」から「成る」ことで「城」となったのでした。

こうした古代の城は、シロとは呼ばず音読みで城(キ)と呼ばれていました。現在も、磯城(しき)・葛城(かつらぎ)・高城(たかぎ)・稲城(いなぎ)など、古い地名で「城」を「キ」と読むのはその名残です。

遺跡にみられる古代の城

こうした「城」で日本最古のものは、福岡県の水城だったと言われています。現存はしていませんが、やはり土塁と外堀で構成された巨大な城壁を持っていました。

他にも、こうしたスタイルの城の実例としては、大阪府の観音寺山遺跡や山口県の吹越原遺跡の高地性集落が挙げられます。いずれも丘や山の上に集落を作り、地形を利用することで外敵の侵入を防いでいました。

4~6世紀には、九州地方を中心に神籠石と呼ばれるものが築かれています。これは山城の一部と考えられ、やはり山の上で敵に攻められにくい場所を選んで造られたのでしょう。

一方、同じ目的で平地で作られたのが環濠集落です。有名なのが佐賀県の吉野ケ里遺跡などが有名で、環濠集落には堀や柵など城の特徴が備わっており、こうした集落は2世紀頃に多かったようです。

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