銃で4人を殺害した元大学教授。殺人者が科学論文を発表することは許されるべきなのか?

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銃で4人を殺害した元大学教授。殺人者が科学論文を発表することは許されるべきなのか?
銃で4人を殺害した元大学教授。殺人者が科学論文を発表することは許されるべきなのか?

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 科学は全ての人の為のものなのか?それとも道徳的に正しい人の為のものなのか?

 カナダのコンコルディア大学の機械工学科の准教授だったヴァレリー・ファブリカントは、研究を巡って同僚と対立し、同僚4人を殺害した後、獄中から60本近い科学論文を発表した異色の研究者だ。

 この一件は、科学者の研究内容を評価する際に、その行動や思想をも評価するべきか? という倫理的ジレンマを浮き彫りにする。

  科学者がみな立派な人物であるに越したことはないが、必ずしもそうではない。では、そのことが彼らによる科学的発見を否定する正当な理由となるのだろうか?

・優秀だが性格に難があった元大学准教授
 ヴァレリー・ファブリカント(1940年生まれ、現在82歳)は、もともと旧ソ連(現ベラルーシ)の研究者だった。

 ところが気難しく短気、破壊的な性格の為、多くの問題を起こし、職を解雇され、祖国にいられなり、カナダへと移住した。

 1979年に移住し、翌年の1980年からケベック州モントリオールにあるコンコルディア大学の機械工学科の元准教授となった。

 ファブリカントは科学者としては優秀だがトラブルメーカーだった。自分の問題はすべて他人のせいにし、学生を怒らせることもしばしばだった。

 ある研究を巡って同大学の同僚2人と激しく対立した彼は、同僚の名前を全ての学術論文から抹消すべきだと裁判所に訴えを起こした。

 ところが法廷での目に余る傍若無人な態度により、法廷侮辱罪に問われてしまう。また更に、ファブリカントは大学の終身在職権を求めていたがそれも拒否され、大学側は彼に解雇の意向を伝えた。

 思い通りにいかないことに対するファブリカントの怒りは、やがて彼を殺人へと駆り立てることになる。

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・同僚と関係者4人を銃で殺害
 1992年8月24日午後2時30分、ファブリカントは、3丁の拳銃と弾丸をブリーフケースに忍ばせ、機械工学科の事務所にいた4人の同僚を射殺し、 1 人の大学職員を負傷させた。

 ただし対立していた2人の同僚はその場にはいなく難を逃れた。ファブリカントはその後、同僚1人と警備員1人を人質にとり、自ら緊急通報した。「たった今人を殺した。テレビレポーターと話がしたい」と。

 法廷でファブリカントは一貫して正当防衛を主張した。5か月に渡る審理では10人の弁護士をクビにした。精神鑑定を受けるも、パラノイアの気質はあるが責任能力に問題はないと診断され、結局4人を殺害した罪で、終身刑が下された。

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Concordia University Massacre・殺人犯でありながら獄中で数多くの科学論文を発表
 ヴァレリー・ファブリカントは1996年から2021年にかけて、10誌以上の科学誌で60本近くの科学論文を発表した。それらはいずれも、彼が獄中で書き上げたものだ。

 ファブリカントは自由と引き換えに、刑務所内で科学的な研究を行う時間をたっぷりと手に入れたのだ。

 そして1994年9月、コンクリートのひび割れの数学的解析についてとある学術誌に投稿し、1996年1月に出版された。

 これを知ったコンコルディア大学の学長は、「自由を失ったファブリカントは、科学に貢献する権利も失っているのだ」と批判的だったという。

 だが論文はそのまま掲載され続けた。ファブリカントの論文は健全で、科学に貢献するものだったからだ。

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・殺人犯に論文を発表する権利はあるか?
 はたして、科学的な研究の内容は、その研究者の行いや思想などと併せて評価されるべきなのだろうか?

 モントリオール大学のイブ・ジングラ教授は、『Journal of Controversial Ideas』(2022年10月31日付)に投稿した最近の論文で、この件に言及している。
研究倫理のある教授もまた、個人の犯罪は社会が罰するものであり、科学的成果の妥当性の判断に影響を及ぼすべきではないとして、この検閲に異を唱えている。

法学部のある教授も、『論文の内容が健全であれば、出版されるべき』『知識の抑圧は、大学の目的と矛盾するもの』と付言する。

興味深いことに、ファブリカントの元同僚ですらも、この状況に割り切れない思いがあることを認めている。

ファブリカントが刑務所で相変わらず論文を発表できるのは怪しからんことなれど、誰かから正当な研究成果を発表する機会を奪うのでは、学界に深く根ざした信念に反するというのだ


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・科学のモラル主義が科学の発展に影響を与える可能性
 科学的な研究を評価する際に、それを行なった科学者の倫理、行動や信条を考慮することがますます普通になってきているという。

 たとえばジングラ教授は、アメリカ国立科学財団とアメリカ国立衛生研究所が、科学者のモラルを科学への参加資格に結びつけていると指摘する。

 なんらかの反モラル的行為が明らかになった研究者は、政府からの助成金の対象にはならないし、そのような行為で非難されただけでも、研究論文の査読者になれなくなる。

 こうした不謹慎な輩が助成金を手にしたり、栄誉に浴するのは好ましいことではないのは当然のことだ。

 だがジングラ教授は、このモラル主義がやがて科学の発展に影響を与え、検閲機能として働いてしまうことを懸念する。

 善良な人間ではない、品行方正ではないという理由で、世界に革新を起こすようなアイデアが否定されていいとは限らない。というのが彼の主張だ。

 ジングラ教授によれば、助成金の申請や発表の論文の要件に、多様性・公平性・包括性を義務付ける最近の動きは、検閲への一歩となる可能性があるという。

 科学者は、道徳的な立派な人物であることに越したことはないし、そうあるべきだ。だが、現実は必ずしもそうではない。

 ここで彼が言っているのは、非倫理的な研究ということではなく、日常の素行が悪く、過去に問題行動を起こした科学者当人のことだ。

 では、そうした科学者による科学的な研究は、例えどんなに世の中を良くし、多くの人を救うためのものであっても、否定され葬り去られるべきであろうか?これがジングラ教授の問いかけである。

References:Should we let a murderer publish scientific papers? - Big Think / written by hiroching / edited by / parumo / written by hiroching / edited by / parumo


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