江戸時代の大名を束縛した「武家諸法度」とは?その内容と効果を改めて確認 (3/4ページ)
また、大名の正室や嫡子は江戸の屋敷に住むことになりました。これは人質のようなものだったと言われています。
他にも、婚姻の際には幕府の許可が必要になりましたし、城や船を新しく造るのは禁止。また、城の修繕にも逐一届け出が必要になりました。
これらに違反すると領地を没収される「減封」や領地を違う場所に移される「転封」、武士の身分を剥奪され取り潰される「改易」などの罰則を受けることになります。
多くの大名は幕府に従いましたが、中には言いがかりや濡れ衣に近い形でこれらの処罰された大名もいました。福島正則はその好例と言えるでしょう。
広島城本丸。福島正則はこの城の改修について言いがかりをつけられ改易となった
このように、武家諸法度によって大名たちは強く束縛されることになりました。ただ、それらのルールの中には社会のために有益なものもありました。