徳川家康が名づけ親?暴れん坊将軍もこよなく愛した駿河名物・安倍川餅とは (2/3ページ)
後に江戸時代ではまだ珍しい白砂糖をまぶしたことで一層の人気を呼んだ一方、当然コストもかかるため「五文どり(五文採・五文取。一個で五文をとる)」と呼ばれる高級品だったそうです。
それでも美味しさゆえに旅人たちから愛され続け、東海道府中宿(五十三次19番目)の名物として現代まで伝わりました。
暴れん坊将軍も、安倍川餅が大好き!かの第8代将軍・徳川吉宗(よしむね)も安倍川餅が好物だったそうで、駿河出身の古郡孫太夫(ふるごおり まごだゆう)に安倍川餅を作らせたエピソードが『耳嚢(みみぶくろ)』に記されています。
徳川吉宗。彼がニコニコ顔で安倍川餅を頬張る姿も見てみたい(イメージ)
何でも富士山の雪解け水で育った糯米(もちごめ)が美味さの秘訣らしく、毎年駿河より取り寄せては作るのを、いつも楽しみにしていました。
「孫太夫、餅はまだか?まだか?」
「ただいま搗(つ)いておりまする。いま暫しお待ち下さいませ」
少年のように目を輝かせてお餅をねだる暴れん坊将軍……とても可愛いですね。
質素倹約に努め、一日二食の一汁三菜を守った吉宗にとって、安倍川餅を食べるのは至福のひとときだったことでしょう。