悲しみを癒す美女、朝倉義景から溺愛された側室・小少将(こしょうしょう)とは一体どんな女性なのか? (1/3ページ)

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悲しみを癒す美女、朝倉義景から溺愛された側室・小少将(こしょうしょう)とは一体どんな女性なのか?

戦国時代というと、男性たちが戦っていた時代というイメージが強いかもしれません。武家同士の対立、領土争いなど、血なまぐさい戦が繰り広げられていましたが、影響力を持った女性が多くいたことも忘れてはいけません。

そこで今回の記事では、朝倉義景(あさくらよしかげ)の側室であった小少将(こしょうしょう)という女性について詳しくご紹介していきたいと思います!

※阿波の小少将(細川持隆の側室)についてはこちら

若い男と不倫の末に、夫から阿波国を奪った悪女「阿波の小少将」の恋愛劇【前編】

小少将の生い立ちとは?

小少将は、戦国時代から安土桃山時代に生きた女性です。越前国・朝倉氏の家臣であった斎藤兵部少輔(さいとうひょうぶしょうゆう)の娘として生まれました(具体的な生年月日はわかっていません)。

小少将という名前も本名ではなく、『朝倉始末記』などの軍記物には、「小少将」「小将」「少将」といった名前で書かれています。諏訪館(すわやかた:一族の邸宅でも最も大きな場所であった)に住んだことから「諏訪殿(すわどの)」とも呼ばれることもあったようです。

朝倉義景の側室となる

小少将がその側室となった朝倉義景は、戦国時代の武将であり、越前朝倉氏にの最後(11代目)の当主でした。

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