悲劇の奥羽越(おううえつ)列藩同盟…幕末期に東北の諸藩はなぜ団結したのか? (3/3ページ)
31藩というのは東北と北越を治める諸藩の合計で、奥州(陸奥国)の「奥」、羽州(出羽国)の「羽」、越州(越後国)の「越」の字を取って「奥羽越」となりました。
奥羽越列藩同盟旗、黒地のものと白地のものがある(Wikipediaより)
奥羽越列藩同盟は各地で激しい戦闘を繰り広げました。庄内・秋田の戦線では庄内藩が薩摩・長州軍と戦い、新潟では長岡藩と米沢藩が、白川口では主に会津藩が奮闘します。
しかし激戦むなしく、ほぼすべての戦闘で奥羽越列藩同盟は敗北します。1868年9月、同盟の中心だった仙台藩と会津藩も降伏し、奥羽越列藩同盟はわずか4か月で消滅しました。
参考資料
BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン) まっぷるトラベルガイド日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan