日本の初代天皇「神武天皇」の正体とは? 古代日本のある人物との共通点 (2/2ページ)
(p.292より引用)
そして、曽祖父であるクシミタカ命からオホタタネコに至る4世代は、ちょうど伝承の時代の天皇とされる孝霊天皇(第7代)から崇神天皇(第10代)に至る4世代に並行すると考えられ、その時代は西暦3世紀の半ばから4世紀初頭にかかると言う。
ここから牧尾氏はオホタタネコ(=トヨミケヌシ)と神武天皇の共通点について探る。
オホタタネコの父祖たちの妻の出自を順に見ると、日向、出雲、伊勢、紀伊、大倭という地名が出てくる。ここから、日向から東へ移動し、背後から大和に入る順路を取り出すことができる。実はこの順路は、神武天皇の東征神話の順路に一致する。神武天皇は日向から発し、現在の九州から中国地方を西に向かい、難波から紀国(紀伊=和歌山)にまわり、大和へと侵入している。
さらに、名前の一致もうかがえるという。『古事記』では神武天皇には三種の名前があり、その一つが「トヨミケヌ」。この「ヌ」はクヌ(国主)のヌに同じく、ヌシ(主)という意味なので、「トヨミケヌシ」と名前が重なるのだ。そして、牧尾氏は次のように結論づける。
神武天皇とは、オホタタネコの亦の名を借り、オホタタネコとその三代の祖父たちの伝承を一身に集積してその説話が創り出された、架空の初代天皇であったのではないか、ということである。(p.298)
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では、この神武天皇と邪馬臺国はどのような関係があったのか。
本書の後半では大胆に議論が展開されていく。
『古事記』『日本書紀』、いわゆる「記紀」を中心とした文献と、「記紀」を巡る先人たちの研究から見えるものを少しずつ捉えていく本書。古代の人々たちの動きを通して探り出されるのは、父系父権王族によって繰り返し侵略され、その支配を受け入れることになった、母系母権社会を主体とした土着弥生人たち――私達大部分の祖先たちの運命である。
そうしてその母系母権社会の彼方に、人類の初原史への眺望を開こうとするのが本書である。人間とは何者であり、何者であるべく運命付けられたのか、という根本問題。本書はこの根本問題に迫るための扉を開く。
(新刊JP編集部)