4人の男性と肉体関係を結び…愛欲にまみれた鎌倉時代の女性「後深草院二条」の男性遍歴 (1/3ページ)

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4人の男性と肉体関係を結び…愛欲にまみれた鎌倉時代の女性「後深草院二条」の男性遍歴

鎌倉時代には、上皇や貴族の他に僧侶と、多くの男性と肉体関係を結んだ女性がいました。

その人物は後深草院二条。後深草上皇の寵愛を受けた人物で、『とはずがたり』の作者でもあります。

今回は、4人の男性と肉体関係を結んだ後深草院二条の男性遍歴をご紹介します。

後深草院二条(イメージ)

新枕で感じた、ときめきが忘れられなかった後深草上皇

後深草上皇/Wikipediaより

二条は、正嘉2年(1258年)に源雅忠と大納言典侍との間に生まれます。特に、母の大納言典侍は後深草上皇に性行為の手ほどきを教えたこともあり、後深草上皇から気にかけられていました。

しかし、大納言典侍は二条を産んだ翌年に死去。大納言典侍のことを忘れられなかった後深草上皇は、二条を自身の御所に迎えました。

そして、二条が成人として見られる14歳になった文永9年(1272)頃、後深草上皇は二条を口説きます。二条にとって後深草上皇は、幼き頃から共に過ごした父親のような存在。

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