天使のリングと仏像の”後光”はもともと同じものだった!?仏教芸術と西欧美術の知られざる起源 (3/4ページ)
このことからも分かる通り、ガンダーラ地方は、仏教(大乗仏教)の世界への伝播と、それに伴う仏教芸術の広まりに大きく寄与した地域だったのです。
仏教美術と、その表現様式の一種だった光背という素材は、3世紀には新疆ウイグル自治区に、4世紀には敦煌へ、そして朝鮮半島を経て7世紀には日本に到達するというルートを辿りました。
ガンダーラは西洋美術の起源のひとつでもあるそしてそれとは別ルートで、2世紀頃にはエジプトとインド洋を結ぶ航路ができあがっており、こちらではガンダーラ~西洋美術のラインが成立します。例えば、東ローマ帝国のビザンツ美術でも光背が描かれた宗教画が多くありますが、この起源もガンダーラです。
そして時代が下り、西欧とビザンツ帝国の接点となるヴェネツィアでルネサンスが興ります。
ルネサンス絵画にはもともと仏教芸術から感化された形跡が多く見られます。
例えば大航海時代よりも前の作品であるミケーレ・ジャンボーノの『天国での聖母戴冠』に描かれた光背と、『敦煌の莫高屈』内の壁画『阿弥陀三尊五十菩薩像』の光背には深い関連があり、西欧の起源のひとつがオリエントにあることがはっきり分かります。
ルネサンス期には、聖なる存在の頭に光の輪があるという表現もすっかり定着していました。
例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチが英国王室から「聖母子を描くなら必ず光背をつけろ」という趣旨の注文を受け、一度は描きあげた『岩窟の聖母』の人物像の頭に天使の輪をつけた形で描き直したという逸話もあるほどです。
こうしたことからも、仏像の光背と天使の輪っかは同じ起源を持ち、千年以上の歴史をもってそれぞれの文化に定着していったことが分かるでしょう。
