偶像崇拝を禁止する仏教とそれでも敢えて求める民衆 (2/3ページ)

心に残る家族葬

宇宙の仕組みを表した曼荼羅の中心に鎮座する、密教の最高神・大日如来は宇宙の法則そのものを表すという高度な抽象的な存在である。しかし密教の神々が〇〇大師、〇〇明王などとして民衆に浸透してからは、大日如来の影は薄く、民衆はお大師さまやお不動さんに世俗の願いを託すようになった。

■浄土真宗の本尊問題

浄土真宗の宗祖・親鸞(1173〜1262)は阿弥陀如来に帰依するという意味の「南無阿弥陀仏」の名号を本尊とした。名号とは単なる阿弥陀如来の称号ではなく、弥陀の智慧と慈悲の働きそのものだとする。親鸞は仏像や仏画から本質を抽出したものが名号であるとして、これを信仰対象にすることで偶像崇拝の危険を回避した。しかし文字も読めない民衆には「名号本尊」のような単なる文字を崇めることは抽象的すぎて理解し難い。そこでやはり親鸞以降には具体的な絵像、木像の阿弥陀本尊が出現するようになった。親鸞の曾孫で本願寺第三世・覚如(1271〜1351)は絵像・木像の本尊を心中は複雑ながらも民衆の期待に応じて容認した。真宗中興の祖と言われる蓮如(1415〜1499)も「木像より絵像、絵像より名号」と言ってはいたが、現在は東西本願寺をはじめ、浄土真宗系の寺院で木像以外の本尊を見ることはほとんどない。阿弥陀の智慧や慈悲の働きが形となって現れたものであることには変わりなく、木像・絵像・名号のいずれも同等であるとしているようである。民衆からすればお寺に参拝して文字が並んでいるだけでは張り合いがない。やはり豪奢な阿弥陀如来が出迎えてこそ極楽往生への夢を見ることができる。一方で門徒(真宗信者)の仏壇の本尊は絵像か名号であることが多いが、これは単に貧しい民衆が入手しやすいというのが理由と思われる。付け加えれば本願寺は東西どちらも阿弥陀如来がおられる「阿弥陀堂」より親鸞がいる「御影堂」の方が中心を占めかつ大きい。

■無視できない民衆の思い

神の命令は問答無用の一神教とは違い、仏教は偶像崇拝を禁忌しながらも、具体的な仏像・仏画を求める民衆の思いを無視できなかった。その歴史には民衆のそれぞれの悩みに応じて対処しようとする、釈迦の対機説法の精神が見える。仏教は純粋に悟りを得たい人には抽象的な世界を、ひたすら救われたい民には具体的な仏神明王の姿を提供してきた。

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