実は今川氏真の従兄弟!鵜殿長照の最期と子どもたちの行方【どうする家康】 (4/4ページ)

Japaaan

そして2人は今川家の没落に伴い、永禄11年(1568)に家康に仕えます

その後、氏長は寛永元年(1624)に76歳で死去。氏次は主君の松平家忠と慶長5年(1600)の伏見城の戦いで戦死しました。

また、長照の妹とされるお田鶴の方(演:関水渚さん)は永禄11年(1568)に家康と戦った末に討ち死に鵜殿家の者であった西郡局(にしのこおりのつぼね、演:北香那さん)は家康の側室となっています

最後に

父の長持と違って、人望の無さが仇となってしまった長照。また、清善に夜襲を仕掛けた際、夜通しで博打をやっていたことを計画がバレたと勘違いして撤退してしまった無能さも露呈していました

長照の死によって鵜殿家は没落したものの、子たちが鵜殿の血筋を残したことは素晴らしいと感じました。今川家に最後まで仕えず、見限った判断力も評価できます。

どうする家康では、長照の最後はどのように締めくくられるのか非常に楽しみですね。

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「実は今川氏真の従兄弟!鵜殿長照の最期と子どもたちの行方【どうする家康】」のページです。デイリーニュースオンラインは、鵜殿長照どうする家康戦国時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る