竹千代はいかにして徳川家康となったのか?名前の変遷をまとめて紹介!【どうする家康】 (2/4ページ)

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関口刑部少輔親永(一本義廣に作る。)理髪し奉る。義元一字をまいらせ。   次郎三郎元信とあらため給ふ。時に弘治二年正月十五日なり……

※『東照宮御實紀』巻二「弘治二年竹千代加冠稱元信」

15歳で元服した竹千代が、一年間だけ用いた諱(いみな。忌み名=実名)です。主君である今川義元(演:野村萬斎)から元の一字を拝領したことで知られます。

通称は次郎三郎(じろうさぶろう)、これまた松平家に代々受け継がれたものでした。

松平元康(16~19歳)

若き元康。後世の絵なので既に徳川姓になっている。清親筆

主君から拝領した元はそのまま、豪傑として名を馳せた祖父・松平清康(きよやす)から康の一字を拝領しました。

……御名を   蔵人元康とあらためたまふ。これ御祖父   清康君の英武を慕わせられての御事とぞ聞えける……

※『東照宮御實紀』巻二「元信改名元康」

蔵人(くらんど/くろうど)とは官職の一つで、本来なら朝廷より授かるものですが、当時は多くの大名勢力において私称されたようです。ここでは義元が元康に名乗ることを許したのでした。

松平家康(20~24歳)

さて、桶狭間の合戦をキッカケに今川と決別した元康は、亡き義元から拝領した元の字を返上。継父の久松長家(演:リリー・フランキー)から家の字を拝領して家康と改名しました。

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