片山哲ってどんな人?終戦直後の日本復興に一役買った日本社会党の初代委員長 (2/4ページ)
戦後は日本社会党トップ、そして総理大臣に
1945年に太平洋戦争が終結し、右派・中間派・左派が集まって成立した日本社会党が結成されると書記長に就任し、翌年には初代委員長に選出されました。
さらにその翌年1947年の総選挙では、143議席を獲得した日本社会党が衆議院議会の第一党となり、首相指名選挙ではほぼ満場一致の票を得て内閣総理大臣に就任しています。
片山哲内閣の国務大臣任命式後の記念撮影(Wikipediaより)
しかし、片山本人は自分が一国の舵取りを担うことを想定していなかったと言われており、加えて民主党・国民協同党との連立政権であったため親任式までに閣僚選出がまとまらず、当日は片山の一人内閣で凌ぐことになります。
民主党・国民協同党との意見調整はたびたび難航し、党内の左派が造反を起こすなど政権は早くに運営が立ち行かなくなり、片山内閣は8か月という短い期間で内閣総辞職に至ってしまいました。
片山は党内の派閥を抑えることができなかったことや、GHQのいいなりであったことから「クズ哲」などとあだ名されることもありました。