日本史上稀な「甲相駿三国同盟」はなぜ結ばれた?三人の名将たちのそれぞれの思惑とは (1/3ページ)

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日本史上稀な「甲相駿三国同盟」はなぜ結ばれた?三人の名将たちのそれぞれの思惑とは

甲相駿三国同盟

戦国時代、甲斐国の武田信玄と相模の北条氏康、それに駿河の今川義元の三氏が結んだ、通称「甲相駿(こうそうすん)三国同盟」がありました。なぜこのような同盟が結ばれたのか、その効果はどのようなものだったのかを検証してみましょう。

甲府駅前の武田信玄像

16世紀半ばの上記三者は、それぞれ領国内を統一へと導いた大変大きな存在でした。しかし戦国時代の常で、彼らはそれぞれ難敵と睨み合っていました。このことが、日本史上でも珍しい三国同盟を生み出す原因になったのです。

もともと、武田・今川の両者は最初から良好な関係にありました。1536年には今川義元の仲介で、公家である三条公頼の娘・三条の方が武田信玄の継室に嫁いでいますし、翌年の1537年には信玄の姉である定恵院殿が今川義元に嫁いでいます。

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