毛利元就に尼子に大内…誰もが血眼になって奪い合ったその山の名は「石見銀山」【前編】 (3/3ページ)

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尼子経久の銅像

まず1538年には、出雲の尼子経久によって、一時的にではありますが奪われる事態になりました。これをきっかけに、尼子・大内による銀山の争奪戦が進んでいきます。

【後編】では、大内氏の衰退とあわせて毛利元就が登場し、尼子氏との抗争に突入していった経緯を解説します。

参考資料
『オールカラー図解 流れがわかる戦国史』かみゆ歴史編集部・2022年

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