「どうする家康」まさかのレズビアン宣言!お葉の告白に家康は…第10回「側室をどうする!」振り返り (2/7ページ)
西郡局(にしのこおりのつぼね。別名:時姫)は鵜殿家臣・加藤義広(かとう よしひろ)の娘で、後に鵜殿長忠(うどの なかただ)の養女となります。
劇中で言及された鵜殿長照(演:野間口徹)は伯父に当たり、同じ鵜殿一族の中でも父は家康に降伏。松平家臣として奉公しました。
やがて家康の側室となって出身地から西郡局と呼ばれるようになり、永禄8年(1565年)に督姫(とくひめ。実名は“ふう”富子)を生みます。
天正18年(1590年)に家康が江戸へ移ると西郡局もこれに従い、かつて上ノ郷城攻め(第6回)で焼失した鵜殿家の菩提寺・長応寺を江戸(東京都品川区)に再建させました。
そして慶長11年(1606年)5月14日に伏見城で亡くなります。法名は蓮乗院日浄(れんじょういん にちじょう)、葬儀は督姫の再婚相手(初婚の北条氏直とは離縁)である池田輝政(いけだ てるまさ)が執り行い、現在は兵庫県宍粟市の墓所に眠っています。
なお、西郡局がレズビアンであったという史料・文献については寡聞にして存じ上げません。
