瀬名と似たのはどの辺り?徳川家康の長女・亀姫が歩んだ生涯【どうする家康】 (2/3ページ)
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※『東照宮御實紀』巻二 天正三年「勝頼評信康」
【意訳】信昌の妻は、武田勝頼(演:眞栄田郷敦)の人質として処刑されてしまった。そこで今回、亀姫を信昌に与えるよう織田信長(演:岡田准一)に勧められたという。
長篠の合戦において、小さな長篠城に立て籠もって武田の猛攻を耐え抜いた褒美として、亀姫が与えられたのです。
これからも対武田の最前線で活躍してもらわねばならない。そんな事情による政略結婚ですが、ただ与えられてばかりの亀姫ではありませんでした。
「よろしいか。わたくしより外に側室を置かれること、断じてなりませぬぞ!」
そう。亀姫は母親ゆずりの嫉妬深さで、生涯にわたって信昌に側室を許さなかったのです。
代わりに自分で四男一女を授かっており、亀姫とすれば「これで文句あるまい!」と言いたかったのかも知れませんね。
長男・奥平家昌(いえまさ。後に初代宇津宮藩主)
次男・松平家治(まつだいら いえはる。家康の養子として松平姓を賜る)
三男・奥平忠政(ただまさ。第2代加納藩主)
四男・松平忠明(ただあき。兄・家治の死により家康の養子に)
長女・大久保忠常(おおくぼ ただつね。大久保忠世の嫡孫)室
しかし子供を産むばかりが女子(おなご)の役割ではありません。