商人として活躍した茶屋四郎次郎、実は武士としても有能だった【どうする家康】 (3/4ページ)
そんな名誉ある茶屋の屋号を受け継いだ清延は、四男である父の次男(明延は四男、清延は次男)であることから、茶屋四郎次郎と名乗るようになりました。
大河ドラマの「武士をやめて商人に転業した」という設定は父親もそうだったのですね(ただしその理由は、素質がないからではなく、奮戦の結果傷を負ったから)。
さて、清延は最初から商人だった訳ではなく、元は家康の側近として仕えます。戦場に出ること53回、武田信玄(演:阿部寛)と対決した三方ヶ原の合戦(元亀3・1572年12月22日)では逃げる家康を守って武勲を立てました。
命からがら逃げのびた家康は、生き残った四郎次郎に橘(たちばな)の花をとってこれを与えます。
「橘はめでたい花じゃ。これからそなたの家紋といたせ(橘はこれ瑞祥なり、宜敷以て汝の家紋とすべし)」
橘は香り高く、寒さに強いことから仁徳を備えた奥ゆかしい人物の喩えともされる花です。
また内裏紫宸殿の庭には左近の桜と共に右近の橘が植えられており、左近の桜を本多忠勝(演:山田祐貴)、右近の橘を茶屋四郎次郎と見なしたのかも知れません。
後に「花も実もある武士」と称された本多忠勝に次ぐ(左が上位)くらい厚く感謝・信頼されたことでしょう。