大河ドラマ「どうする家康」では割愛(涙)武田信玄と徳川家康の小競り合いは既に始まっていた (2/4ページ)
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※『東照宮御実紀』巻二 永禄十二年「信玄背約」
信玄は家臣の秋山信友(あきやま のぶとも。伯耆守、虎繁)を派遣して信濃から国境を侵略。遠江の国人らを調略せんと暗躍し始めました。
これを知った家康は、直ちに出馬。たちまち秋山勢を蹴散らして、信濃国へ追い返します。
表向きには「大井川の東西で今川領を切り分けよう」と言いながら、裏で侵略工作を図るとは……家康の怒りはいかばかりだったでしょうか。
本気で仕留める?山県昌景の大軍襲来
「チッ、伯耆守ではダメか」「ご安心を。次はそれがしが」……第二の刺客を繰り出す武田陣営(イメージ)歌川芳虎筆
……兼て信玄入道盟約のことなれば。この五月御領境を御巡視あるべしとて。五六百人の少勢にて御出馬ありしをみて。入道が家士山縣三郎兵衛昌景といへるもの行すぎがてに御供人といさかひし出し。それをたよりに御道をさへぎり留むとす。御勢いかにもすくなきが故いそぎ引退かんとしたまふ。山縣勝に乗じ是を追討せんとひしめく所に。御供の中より本多平八郎忠勝一番に小返しゝて。追くる敵を突くづす。榊原小平太康政。大須賀五郎左衛門康高等追々に返し来りて突戦すれば。山縣も終に勝がたくやおもひけむ。早々駿州へ迯入りたり……
※『東照宮御実紀』巻二 永禄十二年「信玄背約」
一度は撃退されてしまったものの、これしきで諦める信玄ではありません。