大河ドラマ「どうする家康」では割愛(涙)武田信玄と徳川家康の小競り合いは既に始まっていた (3/4ページ)

Japaaan

永禄12年(1269年)5月に国境を視察に出た家康一行。もちろん、攻め込まれる隙を発見し、武田対策を強化するためです。

「殿、あちらに」
促されて見れば、山県昌景(演:橋本さとし)の大軍がこちらを狙っていました。対するこちらは5〜600騎、まともに戦えば勝ち目はありません。

「すぐに引き返しましょう」

「いや、ここはまだ我らが領内。背中を見せれば武田の領有を認めるも同じ。距離をとりつつ我が領内のギリギリを通って戻ろう」

「御意」

最大限の警戒をしながら、じわじわと領界ギリギリを通過する家康。しかし次の瞬間。

「かかれー!」

怒涛の如く迫り来る山県勢。領界を侵した瞬間、家康は退却を命じました。

「退け、退け!」

一目散に逃げる家康たち。しかし山県勢はたちまち彼らを包囲していきます。

「このままでは逃げ切れぬ!」

「どうせ死ぬなら、三河武士の意地を見せてくりょうぞ!」

馬首を返したのは本多平八郎忠勝(演:山田裕貴)。まさに死に物狂いの大暴れで、山県勢もたじろぎました。

「平八郎を死なせるな、我らも続くぞ、いざ参れ!」

榊原小平太康政(演:杉野遥亮)や大須賀康高(おおすか やすたか)らも続いて山県勢へ殴り込み、当たるを幸い暴れ回ります。

「……兵を無駄死にさせるな、退け!」

完全に気を呑まれつつあった将兵を察して、山県昌景は兵を引き揚げました。

数で勝っていても、あと一歩で家康を討てそうでも、無理な力攻めは損害が大きい。潔い引き際の見極めは、さすが信玄の腹心と言ったところでしょう。

そのまま駿河へ入るのを見届けて、家康たちも引き揚げたという事です。

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