守るために戦いを選んだ!非戦闘員と共に敵軍を16回退けた女性「妙林尼(みょうりんに)」の決死の戦い (1/3ページ)
戦国時代には、お田鶴の方や甲斐姫といった女性たちが武器を持って戦ったのはご存知の方も多いでしょう。
城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【上】しかし、今回ご紹介する妙林尼(みょうりんに)については、ご存知ない方も多いのではないでしょうか?
妙林尼は簡単に言うと、非戦闘員を率いて島津軍と籠城戦を繰り広げた人物。この功績を見ただけで、どのような人物だったのか興味を持った方もいるかと思います。
そこで今回は、妙林尼が戦った籠城戦を詳細に紹介します。
島津軍の豊後侵攻
妙林尼は、生まれも出身地も不明です。しかしながら、夫は大友家家臣の吉岡長増の子である吉岡鑑興と判明しています。天正6年(1578)、その鑑興が耳川の戦いで戦死したことをきっかけに出家し、妙林尼と名乗りました。
その8年後の天正14年(1586)、島津家が九州制覇のため、侵攻を開始。
